正当防衛と緊急避難の違いとは? 成立する具体例と刑事事件時の対応
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「正当防衛」という言葉は、テレビドラマやニュースなどでも聞くことがありますので、何となく言葉の意味を理解している方も多いでしょう。
正当防衛と似たようなものとして「緊急避難」というものも存在します。正当防衛も緊急避難もそれらが成立すれば、たとえ犯罪に該当する行為をしていたとしても犯罪が成立しないという点では似たような制度です。
しかし、正当防衛と緊急避難では、成立要件が異なりますので、適用する場面も異なってきます。両者の違いを知っておくことによって、もしものときに役に立つかもしれません。
今回は、正当防衛と緊急避難の違いについて、ベリーベスト法律事務所 立川オフィスの弁護士が解説します。
1、正当防衛とは
正当防衛とは、どのような制度なのでしょうか。以下では、正当防衛の概要と成立要件についてわかりやすく説明します。
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(1)正当防衛とは何か
正当防衛とは、急迫不正の侵害に対して、自己または他人の権利を防衛するため、やむを得ずにした行為のことをいいます(刑法36条1項)。正当防衛が成立した場合には、犯罪行為に該当することを行っていたとしても、違法性阻却事由に該当するため、罪に問われることはありません。
たとえば、人を突き飛ばして怪我をさせた場合には、傷害罪が成立します。しかし、突然ナイフを持った人に襲われたため、身を守るためにその人を突き飛ばして怪我をさせた場合はどうでしょうか。
法治国家では、自力救済が禁止されていますが、違法な侵害が急迫しているという緊急状態では、警察などの国家機関に助けを求める時間的な余裕がなく、例外的に私人が自力で不正な侵害を排除することが認められています。
上記の例では、客観的には傷害罪が成立するようにも思えますが、正当防衛が成立することによって、犯罪行為の違法性が否定される結果、傷害罪に問われることはありません。 -
(2)正当防衛の成立要件
正当防衛が成立するためには、以下の要件を満たす必要があります。
① 急迫不正の侵害
「急迫」とは、侵害の危険が現に存在しているか、間近に差し迫っていることをいいます。
過去の侵害行為に対して反撃をする場合や、間近に迫っているとはいえない将来の侵害を見越してあらかじめ反撃行為をする場合は、急迫性の要件を満たしません。
また、急迫性は、正当防衛の本質である緊急行為性を基礎づける要件です。そのため、単に侵害行為を予期しているだけでなく、その機会を利用し積極的に相手に対して加害行為をする意思(積極的加害意思)を反撃行為以前に有している場合には、緊急行為ではないので、急迫性の要件を満たさず、正当防衛は成立しません(最決昭和52年7月21日)。
「不正」とは、違法な侵害のことをいいます。もともと違法でない行為や違法性が阻却されている行為に対しては、正当防衛は成立しません。
② 自己または他人の権利を防衛するために
正当防衛が成立するためには、当該行為が自己または他人の権利を防衛するためのものであることが必要です。他人への侵害行為に対しても正当防衛は成立します。
「権利」には法律上保護に値する利益が含まれますので、生命、身体、自由、名誉、信用、財産等のほか、肖像権、住居の平穏なども含まれます。以下では、権利および法律上保護された利益をまとめて「法益」といいます。
「他人」には法人やその他の団体も含まれます。
③ やむを得ずにした行為
やむを得ずにした行為とは、侵害に対する防衛手段として相当性があることをいいます。相当性は、侵害行為の態様、反撃行為の態様、防衛の手段としてほかに取り得る方法の有無やその容易性などの事情を考慮して判断されます。
相当性を欠く場合には、正当防衛は成立せず、過剰防衛の成立が問題となります。
④ 防衛の意思
正当防衛が成立するためには、防衛の意思があったことも必要になります。
防衛の意思とは、侵害の事実を認識しつつ、侵害を排除して権利を防衛することを少なくとも反撃の理由のひとつとする意思などと表されます。
反撃行為の際に相手を攻撃する意思が存在しても、防衛の意思は否定されません。しかし、攻撃の意思が防衛の意思を排除しつくして、もっぱら攻撃の意思(積極的加害意思)に基づいて反撃行為をしたとみられる場合には、防衛の意思は否定されます。
積極的加害意思について、「急迫」と「防衛の意思」のどちらの問題とすべきかについては議論のあるところですが、不正の侵害に対して現実に反撃行為に及ぶ時点で積極的加害意思を有している場合は「防衛の意思」の問題として、それ以前の時点では「急迫」の問題として考えられています。
2、緊急避難とは
緊急避難とは、どのような制度なのでしょうか。以下では、緊急避難の概要と成立要件についてわかりやすく説明します。
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(1)緊急避難とは何か
緊急避難とは、切迫する危難を避けるために、危難の発生原因とは無関係な第三者の法益をやむなく侵害することをいいます(刑法37条1項)。緊急避難の例としてよく挙げられるのが、ギリシャ神話のカルネアデスの板の話です。
船が難破して乗客が海に投げ出されてしまった状況で、船の残骸である板につかまることで生存を確保することができました。
しかし、もう1人の乗客が同じようにその板につかまろうとしていますが、板の大きさからすると人が1人つかまるのが精いっぱいであり、2人がつかまってしまうと重さに耐えきれずに共倒れとなってしまいます。
そのような状況で板につかまろうとしてきたもう1人の乗客を突き落として見殺しにすることができるのでしょうか。
このような事例では、緊急避難が成立して、罪に問われることはありません。 -
(2)緊急避難の成立要件
緊急避難が成立するためには、以下の要件を満たす必要があります。
① 現在の危難
正当防衛と同様に、緊急避難が成立するためには、危難が「現在」のものであることが必要です。そのため、法益侵害の状態が現に存在しているか、法益侵害の危険が間近に切迫していることが必要になります。
「危難」とは、法益に対する侵害または法益侵害の危険がある状態をいいます。正当防衛と異なり、不正な侵害であることまでは要求されていません。
② 避難行為の相当性
緊急避難において、「相当性」は厳しく要求されます。避難行為の相当性が認められるためには、避難行為がやむを得ずにしたものであること(補充性の原則)、避難行為によって生じた害が避けようとした害の程度を超えないこと(法益権衡の原則)が必要です。また、避難行為に出たことが条理上肯定できることも必要になります。
「補充性」とは、その危難を避けるために、当該避難行為をする以外にはほかに方法がなかったことをいいます。現実的可能性のある方法として、唯一の方法であれば認められます。
「法益権衡性」とは、その行為によって生じた害の程度が避けようとした害の程度を超えていないことをいいます。緊急避難では、価値の小さい法益を救うために、価値の大きな法益を犠牲にするということは認められていません。
「条理上肯定できること」とは、具体的な事情を考慮した際に、避難行為に出たことが社会一般の常識に従って、無理ないことと認められることをいいます(社会的相当性)。
社会的相当性が問題になるケースとしては次のようなものがあります。
Xが晴れ着を着て外出したところ、急に雨が降り出してきたので、ボロボロの服を着ている通行人から傘を奪って、晴れ着が濡れるのを防ぐような場合です。
Xの晴れ着の方が通行人の服よりも財産的価値があり(法益権衡の原則)、雨宿りできる場所もなく、傘を奪う以外に濡れることを回避する手段がない(補充性の原則)場合であっても、社会的相当性が認められず、緊急避難は成立しません。
なお、避難行為の相当性を満たさない場合には、過剰避難が成立する可能性があります。
③ 避難の意思
正当防衛と同様に緊急避難が成立するためには、積極的加害意思に基づいて行った避難行為を排除するために、避難の意思が必要となります。
3、正当防衛と緊急避難の違い
正当防衛も緊急避難も違法性が否定されて罪に問われることはないという点では共通するものです。しかし、正当防衛と緊急避難には、以下のような違いがあります。
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(1)正当防衛と緊急避難の違いとは
正当防衛と緊急避難では、成立する状況に大きな違いがあります。正当防衛は、不正な侵害に対して反撃をする状況ですが、緊急避難は、正当な第三者の権利または利益を犠牲にして自己の利益を守るという状況です。一般的に、正当防衛は「不正対正」の関係、緊急避難は「正対正」の関係といわれています。
そのため、正当防衛と緊急避難とでは、成立に必要な要件が変わってきます。 -
(2)正当防衛が成立するケース
正当防衛が成立するかどうかが争われたケースとして、最高裁判所平成元年11月13日判決の事案があります。
この事案は、年齢も若く体力にもすぐれたXが「お前、殴られたいのか」と言って手拳を前に突き出し、足を蹴り上げる動作を示しながら近づき、後ずさりする被告人を追って目前まで迫るのに対して、被告人が、その接近を防ぎ、Xからの危害を免れるため、やむなく包丁を手に取って腰あたりに構え、「切られたいんか」などと言ったというものです。
被告人は、暴力行為等処罰に関する法律違反、銃砲刀剣類所持等取締法違反などで起訴されましたが、裁判所は、被告人の行為はXからの危害を避けるための防御的な行動に終始していたものであるから、その行為をもって防衛手段としての相当性の範囲を超えたものとはいえないと判示して、被告人に無罪を言い渡しました。
この事例では、被告人は、素手による侵害行為に対して、包丁という武器で対抗しています。使用している武器だけを見れば、相当とはいえない状態です。しかし、被告人の反撃行為がXに対する脅迫にとどまること、包丁の使用方法・目的、Xの年齢・体格など、侵害行為をする側の事情と反撃行為をする側の事情を具体的に考慮して、相当性が判断された事例だといえます。 -
(3)緊急避難が成立するケース
緊急避難が成立するかどうかが争われたケースとして、東京高裁平成24年12月18日判決の事案があります。
この事案は、被告人が警察に協力して、覚せい剤の密売事件の情報を収集するために密売人に接触したところ、密売人が被告人を不審に思い、被告人のこめかみにけん銃を突き付けて、目の前にあった注射器で覚せい剤を注射するように強要してきたため、覚せい罪を使用することを拒否するとけん銃で撃たれて殺されてしまうと考えた被告人が、仕方なく覚せい剤を自己に注射したというものです。
被告人は、覚せい剤使用の罪で起訴されましたが、裁判所は、「けん銃を被告人の頭部に突き付けて、目の前で覚せい剤を使用することを要求したというのであるから、被告人の生命及び身体に対する危険の切迫度は大きく、深夜、相手の所属する暴力団事務所の室内に2人しかいないという状況にあったことも考慮すると、被告人が生命や身体に危害を加えられることなくその場を離れるためには、覚せい剤を使用する以外に他に取り得る現実的な方法はなかったと考えざるを得ない。また、本件において危難にさらされていた法益の重大性、危難の切迫度の大きさ、避難行為は覚せい罪を自己の身体に注射するというものであることのほか、本件において被告人が捜査対象者に接触した経緯、動機、捜査対象者による本件強要行為が被告人に予測可能であったとはいえないこと等に照らすと、本件において被告人が覚せい剤を使用した行為が、条理上肯定できないものとはいえない。そして、本件において、被告人の覚せい剤使用行為により生じた害が、避けようとした被告人の生命及び身体に対する害の程度を超えないことも明らかである。」と判示して、被告人に無罪を言い渡しました。
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4、刑事事件になった場合の対応
正当防衛や緊急避難が成立する場合には、罪に問われることはありません。しかし、裁判実務上、正当防衛や緊急避難の成立を認めてもらうことは容易なことではありません。
正当防衛や緊急避難を主張する事案では、客観的には、犯罪の構成要件に該当する行為をしていますので、警察によって逮捕され、起訴されるリスクが高い事案であるといえます。そのため、正当防衛や緊急避難が成立することを証明するためにも、弁護士に依頼をして進めていく必要があります。
弁護士に依頼することによって、逮捕された際の取り調べのアドバイスや早期の身柄解放に向けた活動をしてもらうことができます。少しでも無罪になる可能性を高めるには、専門家である弁護士のサポートが不可欠です。
5、まとめ
正当防衛や緊急避難は刑法に規定された法的概念です。裁判などで成立することが認められれば、罪に問われることはありません。しかし、正当防衛や緊急避難であると認められるための要件を満たすには高いハードルがあります。そのため、刑事裁判で正当防衛や緊急避難の主張をするためには、刑事事件についての知見が豊富な弁護士のサポートが不可欠です。
やむを得ない状況下で罪を犯してしまったという場合には、正当防衛や緊急避難が成立する可能性があります。刑事事件に対応した経験が豊富な弁護士が在籍するベリーベスト法律事務所 立川オフィスへ、早めにご相談ください。
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