企業担当者向け、出向を拒否した労働者への対応策は? 懲戒は可能?
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病気、介護、子育て、さまざまな事情で現在の職場で働き続けたいと希望する方は少なくありません。
出向命令は労働者の業務内容や勤務地を変えるため、「受け入れられない」と回答する労働者もいらっしゃるでしょう。
しかし、会社の都合で「出向」が必要な場合もあります。使用者が労働者に対して強制的な出向を命じることに、法的な問題はないのでしょうか?
今回は出向をめぐる法律問題や対応方法について、ベリーベスト法律事務所 立川オフィスの弁護士が解説します。
1、出向命令の条件
出向命令を出すことは労働者の業務内容や生活環境に大きな変化をもたらします。そのため、法律上、次のような規定が置かれています。
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(1)出向とは?
出向とは、労働者が雇用先の企業における労働者たる地位を保持したままで他の企業において相当期間にわたって当該他企業の業務に従事することです。
社内での社員の地位や職務を変える「人事異動」のひとつにあたります。
出向先・出向元の会社のどちらの指揮命令に服するか、また、勤務時間や休日は、出向先と出向元の会社の取り決めによりますが、出向先の規定に従うことが一般的です。
出向は使用者から労働者に対して「命令」として言い渡します。
なお、似たような言葉に「転籍(転籍出向)」がありますが、これは出向とは異なります。転籍とは元の会社を退職したうえで別の会社と労働契約を締結することです。 -
(2)有効な出向命令の要件
出向命令は労働者の業務内容や職場環境、勤務地、給与などの雇用条件を変えることが多く、労働者の生活環境に大きな影響を与えます。
また、使用者が出向命令を濫用した場合、労働者は不相当な雇用条件の変更を強いられることとなります。
以上のような不安から労働者を守るため、労働契約法第14条では、出向命令について以下のように規定しています。労働契約法第14条
「使用者が労働者に出向を命ずることができる場合において、当該出向の命令が、その必要性、対象労働者の選定に係る事情その他の事情に照らして、その権利を濫用したものと認められる場合には、当該命令は、無効とする」
上記の法律によると、使用者が出向命令を濫用した場合には、当該出向命令は無効となります。出向命令を出すにあたっては次の3点が必要です。
- ①労働契約上出向命令権の根拠があること
- ②出向命令がその他の法令に違反しないこと
- ③出向命令を出すことが使用者の権利の濫用ではないこと
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(3)労働契約上に根拠があること
まず、労働者の個別的な同意があれば、使用者は労働者に対して出向を命じることができます。
対して、労働者が出向に同意していない場合、出向を命じるためには、就業規則や労働協約で出向に関して規定しておくことが必要です。たとえば、次のような内容です。- 会社は、業務上必要がある場合に、労働者を在籍のまま関係会社へ出向させることがある。
- 前項の場合、労働者は正当な理由なくこれを拒むことはできない。
就業規則の規定は、出向命令の根拠となります。
また、就業規則で規定されていれば、労働者から包括的に出向への同意を得たものと考えることができるため、個別の同意は問題とはなりません。
ただし、就業規則上で出向の可能性について記載するだけでは不十分です。
出向の可能性しか記載されていない場合、実際に出向した際の労働条件が明確になっていないため、労働者から出向に同意していないと争われるおそれがあります。
確実に出向命令を出せるようにするためには、出向先や出向期間、出向先での地位、賃金、退職金などについて、具体的に規定しておくことが望ましいです。 -
(4)出向命令を出すことが使用者の権利の濫用ではないこと
就業規則に出向命令の規定があったとしても、具体的な出向命令を出す理由や方法が使用者の権利の濫用にあたる場合には、出向命令を無効とする理由になります。使用者の権利の濫用にあたるかどうかは以下の点に気を付ける必要があります。
①出向に合理性・必要性があること
まず、出向命令に業務上の合理性や必要性があることが、権利の濫用を判断するにあたって重要な事情です。
たとえば、新しく子会社を立ち上げ、システム部門のリーダーとして自社のシステム担当者を出向させることには、業務上の必要性があるといえるでしょう。
反対に、たとえば、協調性のない労働者を職場外に出す目的だけで出向させる場合は、出向の必要性がないとして、権利の濫用にあたります。
業務上の必要性にはどのようなケースがあるのか、就業規則などで具体的に定めて周知しておけば、労働者との紛争の予防になります。
②人選に合理性があること
労働者を出向させる業務上の必要があるとしても、労働者側の事情によっては出向命令の合理性がないと言われることもあります。
たとえば、自身が病気であったり親の介護といった事情を抱えていたりする労働者を現在の居住地から離れた地域へ出向させた場合には、人選に合理性がないとされるおそれがあります。
内部告発をしたりパワハラを訴えたりしたことを理由として労働者を出向させることも、嫌がらせや報復を理由に人選をしたと認められると、合理性が認められないおそれがあります。
このように、出向させる労働者の選定に際しては、事業上の必要性のみならず、労働者の個別の事情も聞き取ったうえで、合理的であると客観的にいえるような人選をすることが必要です。
③その他の事情
出向の合理性・必要性、人選の合理性の他にも、広く出向に関わる事情が有効性を判断する事情となります。
特に労働者から争われることが多いのは、出向命令が労働者に与える不利益に関する事情です。
たとえば、出向先の給与が出向元の会社に比べて金額が下がるといったことや労働時間が長くなる場合などの雇用条件の変化は労働者にとっては不利益な事情といえます。
そのような出向先での雇用条件の悪化が予想される場合、使用者の取りうる対策としては、労働者が被る不利益を考慮して、代替措置を設けることが挙げられます。
たとえば、労働時間が長くなることが予想される場合には手当としての給料を支払うといったことや、給料の減額について補填する手当を設定するなどです。給与の支払い方法については、出向元が支払う方法も、出向先が支払う方法もありえます。出向先とよく協議して決めることになります。
もしも、労働者の不利益に対して何ら対策がとられていなければ、労働者から雇用条件の悪化を理由に出向命令の無効を争われるおそれにつながります。そのため、事前にこのような対処をしておくことが重要です。
2、労働者による出向命令の拒否は可能?
出向命令を受けると「ショックだ」「納得できない」と思う労働者も想定されます。では、労働者は出向命令に納得できない場合、出向を拒否できるのでしょうか?
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(1)出向命令は業務命令
出向命令を拒否することは、業務命令に従わないということです。
そして、業務命令はそれが使用者によって有効になされたものである限り、労働者は労働契約に基づき従う義務があり、これを拒否することは懲戒事由にあたります。
つまり、労働者は原則として、出向命令を拒否できません。
しかし、法的には拒否できないとしても、「業務命令だ」として十分な話し合いをせずに、使用者の都合で一方的に出向を命令すると、労働者にとって不利益や負担感があるときには、相当の反発が予想されます。あまりに硬直的な対応をすると、労働者から、出向命令に合理性ないなどとして、無効の確認などの裁判をされるおそれもあります。
そのため、使用者から労働者に対して、出向の必要性や代替措置について丁寧に説明するなど、誠意をもった対応が必要です。
なお、転籍の場合には、退職して別の会社と雇用関係を結ぶことになるため、通常は、労働者の個別的な同意が必要です。
そのため、労働者は使用者からの転籍出向の命令を拒否することができます。 -
(2)同意がない、権利乱用の場合は拒否も可能
上記の通り、使用者からの出向命令を労働者は拒否できません。
しかし、すでに説明したように、就業規則などで具体的に定められていない場合や、権利の濫用にあたる事情がある場合には、労働者は出向命令を拒否することができます。
そのため、会社は就業規則に出向命令に関する規定があるかチェックし、人選に関する基準を検討するなど、有効な出向命令ができるように社内体制を整えておくことが大切です。
また、新しい労働者を雇い入れる際には、出向を命じられる可能性があることを労働者に丁寧に説明しておいて、労働者の理解を得ることが重要です。
出向命令について使用者と労働者との間で紛争が生じることも多いため、できるだけ労働者にとっても出向命令を受け入れられやすいように、備えておくことが大事です。
3、出向命令を拒否した労働者への懲戒処分は可能?
出向の必要性の説明を尽くしたうえ、労働条件が変わらないように代替措置をとったとしても、家庭の事情や個人の感情から出向命令を拒否する労働者もいます。そのような労働者に対して、使用者から懲戒処分をすることはできるのでしょうか?
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(1)出向拒否に対する懲戒処分は可能
出向命令を拒否することは業務命令に違反にあたります。
そのため、正当な理由なく出向命令を拒否することは懲戒処分の対象となる可能性があります。
しかし、懲戒処分を行う場合は、次のような条件を満たしていなければいけません。- 出向命令が有効
- 労働者の事情が考慮されている
- 懲戒処分の規定がある
就業規則の中で出向命令について明記されていない場合など、出向命令自体が無効となる事情がある場合には、懲戒処分はできません。
その他、たとえば親の介護など、労働者の事情を無視した出向命令であれば、出向命令自体が権利の濫用にあたるとして、労働者はこれに従う必要はなく、出向命令に従わないことを懲戒処分の対象とすることはできません。
また、出向命令に違法となる事情がないとしても、出向命令を拒否したときに懲戒処分の対象となることについて就業規則に規定されていない場合には、懲戒処分の根拠がないため懲戒処分の対象はできません。 -
(2)合理性と相当性が必要
懲戒処分が有効と判断されるためには、以下の労働契約法第15条の規定を満たしていることが必要です。
労働契約法第15条
「使用者が労働者を懲戒することができる場合において、当該懲戒が、当該懲戒に係る労働者の行為の性質および態様その他の事情に照らして、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、当該懲戒は、無効とする」
出向命令を拒否したからといって、労働者と話し合いもせずに一足飛びに懲戒解雇処分をすると、使用者が懲戒処分をする権利を濫用した考える労働者から懲戒処分の有効性を争われるおそれがあります。
労働者との争いが裁判にまで発展した場合、裁判が報道されることもあります。もしも報道されることになれば、会社の評判にも影響が生じます。
このような事態を想定すると、懲戒処分をする際には、慎重な検討が必要です。
4、まとめ
出向命令は労働者の雇用条件に大きな影響を与えますが、業務上必要なことであれば、会社はそれを実行せざるをえません。しかしながら、出向命令を有効なものとするためには、就業規則を整備するなど十分な準備をしておく必要があります。
出向命令に関するトラブルを防ぐために、まずは自社の就業規則などの確認が必要です。弁護士に相談していただければ、出向命令にあたっての紛争の未然の防止、紛争が生じてしまった場合の対処方法についても対応可能です。
ご相談にあたってはぜひベリーベスト法律事務所 立川オフィスにお任せください。
労働問題は長期化することもあるため、早期に法律の専門家のサポートを得ることが望ましいです。どうぞお気軽にご相談ください。
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