マスクをしない社員に懲戒処分を行うことは可能か│違法にならない対処法
- 労働問題
- マスクをしない社員
厚生労働省は、感染者の減少と熱中症予防の双方の観点から、屋外でのマスク着用について緩和する方針をアナウンスしています。しかし、現状はまだ、従業員にマスクの着用を義務付けている企業もあります。
また、このような会社ではマスクの着用を義務付ける企業側の対応に対して、生理的な不快感や自己の思想や信念に基づいてマスクの着用を拒否する従業員がいることもあります。
企業としては、このような従業員に対して懲戒処分をすることができるのか、また、マスクの着用を拒否する従業員に対してどのような対応をすべきなのか、という問題が生じることになります。
この記事では、上記の問題について、ベリーベスト法律事務所 立川オフィスの弁護士が解説します。
出典:「マスクの着用について」(厚生労働省)
1、マスクを着用しない従業員に懲戒処分を行うことはできるか
会社がマスクを着用するよう指示しているにもかかわらず、マスク着用を拒否する従業員がいる場合、会社は対応に苦慮することが予想されます。
マスク着用を拒否する従業員に対しては、懲戒処分が認められる場合もありますが、懲戒権の濫用に該当しないように注意が必要です。
-
(1)懲戒処分に関する法規制|懲戒権の濫用に要注意
懲戒処分をするためには、会社が懲戒の種別と懲戒事由を就業規則を定める必要があります(最高裁平成15年10月10日判決)。
そこで、就業規則において定める懲戒事由に、従業員が業務命令に反してマスクをしない行為が該当する場合には、会社は該当する従業員に対して懲戒処分を行うことが考えられます。
もっとも、無制限に懲戒処分をすることが許されるわけではありません。
懲戒の対象となる労働者の行為の性質・態様などの事情に照らして、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当と認められない懲戒処分は、権利の濫用として無効となります。(労働契約法第15条)。
したがって、マスク着用の拒否を理由に懲戒処分を行う際には、会社は従業員にマスクをさせる必要性と当該従業員がマスクをしない理由等を吟味し、懲戒権の濫用に当たらないかどうかを十分に検討することが必要です。 -
(2)マスク着用を義務付ける業務命令の合理性
会社の業務命令に違反した場合、就業規則に定めのある懲戒事由に該当するのが一般的です。
もっとも、業務命令が合理的なものでなければ、従業員は業務命令に従う義務を負わず、業務命令違反による懲戒処分は無効となります。
そして、従業員に対するマスクの着用を義務付ける業務命令が合理的であるかどうかは、業務に際してのマスク着用の必要性やマスクの着用によって従業員に生じる負担等の諸般の事情が考慮されます。 -
(3)マスク着用拒否に対する懲戒処分は可能|ただし段階を踏むべき
マスク着用を義務付ける業務命令に合理性が認められる場合、業務命令に違反してマスクを着用しない従業員に対しては、業務命令違反を理由に懲戒処分が認められる可能性があります。
もっとも、マスクを着用しない行為は、犯罪や重大な業務上の失態などに比べると、悪質性が高いと評価することは難しいでしょう。
そのため、段階を経ることなく懲戒処分を行ってしまうと、懲戒権の濫用として無効となる可能性が高くなります(労働契約法15条)。
会社としては、まずは適切な注意勧告や改善指導の実施などの対応を検討する必要があるでしょう。
2、マスクの着用拒否が認められる合理的な理由とは
従業員が会社の業務命令を拒否してマスクの着用を拒否することが正当化される場合も考えられます。
たとえば深刻な皮膚疾患に悩まされている場合には、従業員がマスクを着用しないことに合理的な理由があるものとして、着用拒否を理由とする懲戒処分が無効となる可能性があるので注意が必要です。
従業員に深刻な皮膚疾患があり、マスクが皮膚に触れることで大きな痛みやかゆみなどを引き起こす場合には、マスクの着用を拒否できる理由となる可能性があります。一般の従業員に比べて、マスク着用を義務付けることにより、当該従業員に与える負担が大きいためです。
また、従業員から、皮膚疾患以外の障害や疾患を理由に、マスクを着用しないことの許可を求められた場合、会社としては、マスク着用を免除したうえで勤務場所を変更するなどの対応を採ることが望ましいです。
3、マスクを着用しない従業員への適切な対応
業務命令に違反してマスクを着用しない従業員がいる場合、他の従業員の不安を解消するためにも、会社としては早急に適切な対応を講じるべきです。
ただし、従業員とのトラブル発生を防止するため、第一次的には注意勧告や是正勧告などの対応を検討しましょう。
-
(1)注意・改善指導を行う
マスク着用を拒否する従業員に対しては、ウイルス感染者や濃厚接触者の発生を防止する観点からマスク着用の必要性を説きつつ、注意・改善指導を行いましょう。
また、上司から従業員に対して直接指導する方法のほか、一般的に交流の機会が少ない人事担当者からマスク着用の重要性や必要性を伝える方法なども考えられます。
従業員の性格なども踏まえたうえで、どのような方法がもっとも効果があるかを慎重に検討することが重要です。 -
(2)軽い懲戒処分から段階的に行う
従業員がマスクの着用を求める注意・改善指導に全く応じない場合、懲戒処分の検討をすることもあるでしょう。
懲戒処分には、主に以下の種類があります。① 戒告・けん責
従業員に対して厳重注意を与える懲戒処分です。
始末書の提出を求める場合もあります。
② 減給
従業員の賃金を減額する懲戒処分です。
1回の減給処分につき、平均賃金の半日分以下かつ月給の10分の1以下の金額に抑える必要があります。
③ 出勤停止
一定期間従業員の出勤を禁止し、その期間中の賃金を支給しない懲戒処分です。
④ 降格
従業員の役職を降格させ、役職手当などを不支給とする懲戒処分です。
⑤ 諭旨解雇
従業員に対して退職届の提出を勧告する懲戒処分です。
従業員が拒否した場合は、懲戒解雇が行われることが多いです。
⑥ 懲戒解雇
従業員との労働契約を解除する懲戒処分です。
マスクの着用を拒否しているだけであれば、まずは戒告・けん責などの軽い懲戒処分から行うのが適切でしょう。
戒告・けん責を受けても従業員がマスクの着用を拒否し続ける場合には、出勤停止等の懲戒処分を行うことも考えられます。ただし、より重い懲戒処分をするにあたっては、事前に従業員に対し、マスク着用を拒否し続ける理由を聞いた上で、その理由の正当性と共により重い懲戒処分をする必要性を慎重に吟味しなければならないでしょう。
4、人事労務に関するトラブルは弁護士にご相談ください
マスク着用拒否などの問題行動を起こす従業員への対応は、弁護士へのご相談をおすすめいたします。
弁護士は、従業員の行動改善や社内への悪影響防止のために、多角的視点から会社がとり得る対処法についてアドバイスいたします。また、就業規則などの社内規程を見直し、会社全体のコンプライアンスや人事労務の規律強化を図る場合にも、弁護士によるアドバイスが役立ちます。
人事労務に関するトラブルへの対応や予防は、ぜひ一度、ベリーベスト法律事務所 立川オフィスの弁護士までご相談ください。
5、まとめ
感染症対策の観点から、会社が従業員にマスク着用を義務付けることはやむを得ない状況といえるでしょう。
業務命令に反してマスク着用を拒否する従業員に対しては、懲戒処分が認められる可能性もあります。ただし、突発的に重い懲戒処分を科すのではなく、従業員の言い分にも耳を傾けながら、段階的な対応を講じるのが適切でしょう。
ベリーベスト法律事務所 立川オフィスでは、使用者と労働者の間のトラブルに関するご相談を随時受け付けております。従業員がマスクの着用を拒否しているなど、人事労務に関するトラブルにお悩みの経営者・人事担当者の方は、お早めに当事務所へご相談ください。
- この記事は公開日時点の法律をもとに執筆しています