相続預金の仮払いはいくらまで可能? 制度の概要と手続き方法を解説
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立川市が公表している統計年表によると、令和元年度の立川市内での死亡者数は1746人でした。平成26年から令和元年までの死亡者数の統計を見ると、毎年少しずつ増加している傾向があることがわかります。毎年の死亡者数の増加には高齢化の影響があるのかもしれません。
家族が亡くなったときには、葬儀費用の支払いなどによって、急な出費を必要とすることがあります。十分な現金を準備していれば問題ありませんが、突然家族が亡くなったときには手元に現金がなくて困ることがありました。
こうした事態に対応するために、民法改正によって令和元年7月1日から預貯金の仮払い制度がスタートしています。預貯金の仮払い制度は、被相続人死亡後から遺産分割完了までの出費に対応することができる非常に便利な制度です。制度の概要や手続き方法を理解して、活用してみるとよいでしょう。
今回は、このような預貯金の仮払い制度について、ベリーベスト法律事務所 立川オフィスの弁護士が解説します。
1、亡父の預貯金を使いたい! 預貯金の仮払い制度とは
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(1)預貯金の仮払い制度の概要
預貯金の仮払い制度(民法909条の2)とは、被相続人が亡くなった後に、法定相続人が被相続人名義の預貯金を出金することができる制度のことをいいます。
従来は、相続人全員の承諾を得ることが困難であることに配慮し、いわゆる便宜払いに応じる銀行もありました。
ところが、平成28.12.19最高裁判決により、預貯金が遺産分割の対象との判断がなされ、便宜払いができなくなってしまいました。すなわち、銀行から預金を引き出す場合、共同相続人全員の承諾が必要となったのです。
現実問題としては、相続人全員から引き出しの承諾を得ることは困難です。
そのため、今回の改正で仮払い制度が法律化されたのです。 -
(2)仮払いできる金額の上限
預貯金の払い戻しは、本来は遺産分割完了後に行うものですので、預貯金の仮払い制度で出金することのできる金額については、一定の制限があります。
出金できる金額の上限は、①または②の金額のうちいずれか低い方の金額となります。- ① 死亡時の預貯金残高×その相続人の法定相続分×1/3
- ② 150万円
出金額の上限については、金融機関ごとに設定されていますので、複数の金融機関に預貯金口座を有しているときには、金融機関ごとに仮払い制度を利用することによって、出金できる金額が増えることになります。
たとえば、A銀行に1800万円、B銀行に600万円の預金があり、相続人が被相続人の長男と次男であったとします。
この事例で長男が預貯金の仮払い制度を利用した場合には、A銀行から150万円、B銀行から100万円の仮払いを受けることが可能です。
なお、この場合、長男がA銀行から150万円、B銀行から100万円を引き出した場合に、重ねて次男もA銀行やB銀行から金銭を引き出すことはできません。仮払いは、相続人ごとに認められるものではなく、銀行単位で認められるものだからです。 -
(3)預貯金仮払い制度の利用方法
預貯金の仮払い制度を利用するときには、対象となる金融機関に以下の書類を提出して預貯金の仮払いを申請します。
- 被相続人の出生から死亡までの戸籍・除籍謄本など
- 相続人全員の戸籍謄本(戸籍全部事項証明書)
- 預貯金の払い戻し希望者の印鑑証明書および本人確認書類
- 各金融機関所定の仮払い請求書
なお、金融機関によっては、上記の書類以外にも提出を求められる書類がある場合もありますので、事前に金融機関にご確認ください。
2、預貯金の仮払い制度を使う際の注意点
預貯金の仮払い制度は、当面の資金需要に対応することができる便利な制度ですが、その利用にあたっては以下の点に注意するようにしましょう。
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(1)相続放棄ができなくなる可能性
相続放棄をするためには、民法921条1号が規定する法定単純承認事由に該当しないことが必要になります。
相続財産の仮払い制度を利用して出金した預貯金を相続人の生活費の支払いに充ててしまったという場合には、法定単純承認事由の「相続財産の全部又は一部を処分したとき」に該当しますので、相続放棄をすることができなくなってしまいます。
当面の資金需要に対応するために、預貯金の仮払い制度を利用した結果、被相続人の多額の借金まで背負わなければならなくなったという事態になりかねません。
そのため、多額の借入が見込まれる場合は、事前に弁護士等にご相談されるのがよいでしょう。また、仮払いをするよりも先に、葬儀費用の見積もりしてから、必要なぶんだけ金銭の仮払いを受ける方が賢明です。 -
(2)仮払いできる金額に上限があること
すでに説明したとおり、預貯金の仮払い制度においては、金融機関ごとに仮払いをすることができる金額の上限が設定されています。もし上限額を上回る資金需要が生じたときには、預貯金の仮払い制度では対応することができません。
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(3)仮払額算定の基準時
仮払い額の基準時は、相続開始時(被相続人の死亡時)の残高であるので、相続開始後に預金残高が増えていても、仮払いの対象とはなりません。
つまり、相続開始時の預金が100万円であった場合、相続開始後に何らかの理由で預金残高が1000万円まで膨らんでいたとしても、仮払いできる金銭は、
100万円×1/2×1/3=16.6万円
となります(相続人が被相続人の子ども2人である場合)。 -
(4)仮払いがされた預金の遺産分割における調整
仮払い制度によって払い戻しされた預金は、後日の遺産分割において、払い戻しを受けた相続人が取得するものとして、調整が図られることになります。これにより、仮に共同相続人の一部の者が引き出した仮払金が、その者の具体的相続分を超過する場合でも、当該共同相続人は、その超過部分を清算するべき義務を負うことになります。
具体的には、以下のようになります。- 相続人は、被相続人の長男と次男の2人
- 相続財産 1000万円
- 長男が、被相続人の預金から、葬儀代として50万円の仮払いを受けた
という場合、遺産分割の対象財産は、
950万円(残余財産)+50万円(仮払いした金銭。取得したとみなされる財産)=1000万円
ということになります。
つまり、長男が50万円引き出したからといって、長男の遺産の取り分が50万円減ってしまう、ということにはならないのです。 -
(5)仮払い制度を利用できない場合
遺言相続のため仮払い制度を利用できない場合があります。
当該預貯金が、いわゆる「相続させる」旨の遺言(改正相続法 特定財産承継遺言)の対象となっている場合、当該預貯金口座からの仮払いはできません。
特定財産承継遺言とは、わかりやすく言えば、
「●●銀行の預金は全て、長男○○に相続させる」
という内容の遺言のことです。
この場合、長男以外が●●銀行から100万円仮払いをした場合、長男に100万円を返還しなければなりません。
3、家庭裁判所の判断により払い戻しができる制度
従来、仮処分による遺産の仮払いを行うには、「急迫の危険を防止」(家事200条2項)という厳格な要件を満たさなければなりませんでした。新法においては、柔軟な資金需要への対応のため、新たな制度が設けられました。
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(1)制度の概要
家庭裁判所に遺産の分割の審判や調停が申し立てられている場合に、各相続人は、家裁へ申し立てて、その審判を得ることにより、相続預金の全部または一部を仮に取得し、金融機関から単独で払い戻しを受けることができます。
この制度は、相続債務の弁済、生活費の支弁、その他の事情により遺産に属する預貯金債権(新民法466条の5第1項)を行使する必要があると家庭裁判所が判断する場合は、共同相続人の一部の申し立てにより、遺産に属する預貯金債権の全部または一部について仮払いを認めるものです(家事200条3項の仮分割の仮処分)。
ただし、生活費の支弁等の事情により相続預金の仮払いの必要性が認められ、かつ、他の共同相続人の利益を害しない場合に限られます。
また、この場合、相続人が、単独で払い戻しができる額は、家庭裁判所が仮取得を認めた金額となります。 -
(2)制度の利用方法
この制度を利用する場合、銀行には下記の書類を提出します。
- 家庭裁判所の審判謄本(審判書上確定表示がない場合は、さらに審判確定証明書も必要)
- 預金の払い戻しを希望される方の印鑑証明書
- 各金融機関所定の仮払い請求書
4、トラブルになりそうなときは弁護士へ相談を
預貯金の仮払い制度は、非常に便利な制度ですが、安易に利用してしまうと、場合によっては、相続放棄ができなくなることで困ったり、相続人間でトラブルを生じたりするおそれがあります。
預貯金の仮払い制度は、他の相続人の同意なく利用することができますが、遺産分割において争いがある状態やそれが予想できるときに、預貯金の仮払いをしてしまうと、その目的や使途によっては、新たな火種を生むことにもなりかねません。
そのようなことを避けるためにも、遺産分割協議の際には、専門家である弁護士から、仮払金の使途を説明してもらうのがよいでしょう。
また、この仮払い制度を濫用して、相続財産が不当に引き出されるおそれもあります。仮払いにより相続財産が不当に引き出されていると感じた場合、被害が拡大しないうちに、速やかに弁護士に相談しましょう。
遺産分割をするためには、相続人の調査、遺産の調査・評価、遺産分割方法の検討など複雑な問題が生じることがあります。相続人とトラブルになりそうなときには、早めに弁護士に相談をして、遺産分割手続きのサポートを依頼するとよいでしょう。
さらに、すでに遺産分割調停に発展している場合に、弁護士に相談して、家庭裁判所に仮払いの仮処分命令の申し立てをしてもらうという手段も取れるようになっています。
5、まとめ
預貯金の仮払い制度は、令和元年7月1日からスタートしました。まだ世間にはあまり認知されていない制度ですので、身内に不幸があったというときには、この制度のことを思い出して、利用してみるのもよいかもしれません。
当面の資金需要がクリアできた後は、本格的に遺産分割協議に入ることになります。争いが予想される遺産分割手続きにおいては、専門家の関与が必要になります。その際には、ベリーベスト法律事務所 立川オフィスまでお気軽にご相談ください。
- この記事は公開日時点の法律をもとに執筆しています
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