競業避止義務とは? 在職中だけでなく退職後でも有効なのか
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退職後、”元勤務先の優秀な人材を今の会社に引き抜きたい”と思うこともあるでしょう。このような場合、程度にもよりますが、競業避止義務を理由に損害賠償請求を受けてしまうかもしれません。
クリエートジャパンエージェンシー事件(東京地裁平成17年10月28日)では、当時同社に所属していたモデル約350人のうち72人が、同社元取締役が設立した新会社に引き抜かれたため、同社は新会社と元取締役らに対して損害賠償請求を起こしました。
元取締役らは100人以上のモデルに対して電話などを通じて移籍勧誘を続けていたことなどから、東京地裁は「こうした勧誘は著しく社会的相当性を欠く」とし、引き抜き行為は違法として新会社と元取締役らに対して約1500万円の支払いを命じています。
このように、競業避止義務に違反すると、損害賠償請求を受けるおそれもあるため注意が必要です。それでは、競業避止義務とは具体的に、どのような行為の禁止を義務付けているのでしょうか。
ベリーベスト法律事務所 立川オフィスの弁護士が、競業避止義務についてわかりやすく解説します。
1、競業避止義務とは何か? 退職後は?
まずは競業避止義務の概要、退職後の有効性について確認をしておきましょう。
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(1)競業避止義務とは
競業避止義務とは、会社が労働者に対して同業他社に就職しないこと、同業他社で副業をしないこと、営業秘密等を用いて競合企業を立ち上げないこと、などを求めた義務です。多くの企業で、在職中に競業行為をしないようにと、雇用契約や就業規則等で定めています。
このような競業避止義務は、従業員が当該企業に従事している間は、基本的には有効となります。
憲法22条においては、職業選択の自由が保障されているため、企業が労働者に競業避止義務を負わせることは、憲法違反であるようにも思えます。しかし、そもそも憲法は私人間の関係を調整するための規定ではありません。
また、営利目的企業には、営業の秘密やノウハウを守る高度の必要性があります。そして、従業員は、自らの意思で、条件などを見定め、当該私企業に就職したのですから、競業避止義務を負いたくないのであれば、そういった定めのない会社を選ぶこともできたといえます。
したがって、在職中の従業員に競業避止義務を負わせることは、社会的な常識に反することではありませんので、憲法違反となることは基本的にはありません。
法律上は、労働者全体に競業避止義務を定めるような明文規定は存在しません。
しかし、労働契約法第3条第4項は、「労働者及び使用者は、労働契約を遵守するとともに、信義に従い誠実に、権利を行使し、及び義務を履行しなければならない」と定めています。そのため、在職中の従業員は、不誠実な行為=企業に無断で行う競業行為を禁止されているとも解釈できます。
個別の労働契約や就業規則に競業避止義務の定めがなくとも、当該競業行為が企業に無断で行われ、かつ、企業に損失を与えるものである場合は、違法行為と判断され損害賠償責任を負いかねませんので注意しましょう。 -
(2)退職後の競業避止義務の有効性
(1)「競業避止義務とは」において、企業が従業員に競業避止義務を課すことは、憲法違反とはならないと説明しました。
しかし、いくら憲法が私人間に適用がなく、また従業員が自らその企業を選んで入社したとはいえ、退職後にまで従業員に競業避止義務を負わせることは、義務の内容や程度によっては「やりすぎ」であるとして、民法90条“公序良俗”に反し、違法となる可能性があります。
これは現在の最高裁の立場でもあり、専門家の間では浸透している考え方です。
それでは、どのような場合に、退職後の競業避止義務が「やりすぎ」と判断されるのでしょうか。
裁判所の着目するポイントとしては、以下のようなものがあります。
● 競業避止義務を課すに値する守るべき利益の有無
企業の守るべき利益とは、営業秘密や、独自のノウハウ、営業方法などのことを指します。顧客情報や、独自開発された製品の製造方法など、さまざまな情報が守るべき利益とされます。
● 元社員の退職前の立場
競業避止を課されるのは、営業秘密や独自のノウハウを知り得る立場にあった方です。取締役であったとしても、営業秘密にアクセスし得なかった人物であれば、退職後の競業避止義務が緩和されることも有り得ます。一方で、アルバイトやパート従業員であっても、営業秘密などの重要な情報にアクセスできる場合や、独自のノウハウを習得している場合には、競業避止義務を課す必要性があると判断される可能性があります。
● 競業避止義務を課す地域の限定の有無
企業は労働者の権利を考慮し、競業を禁止する範囲をある程度狭める必要があります。そのため、競業を禁じる地域について、何らの限定がなければ問題となり得ます。
とはいえ、「国内での競業行為を禁じる」というような、地域を限定されない競業避止義務がすぐさま無効になるわけではありません。他の条件について合理的な内容が定められていなければ、その競業避止義務は無効であると判断される可能性があります。
● 競業避止義務の期間
過去の裁判例を確認すると競業避止義務を課しているのが1年以内であればおおむね認められていますが、2年を超えるような長期の競業避止義務は認められないケースが多く存在します。こちらも禁止地域同様、期間に制限がなければ直ちに無効となるわけではありませんが、他の条件に付いて合理的な内容が定められていなければ、その競業避止義務は無効と判断される余地があります。
● 競業行為の範囲
競業避止義務によって禁止する競業行為は、企業の守るべき利益との整合性が求められます。そのため、企業が定義する「競業行為」があまりにも多岐・広汎にわたる場合は、無効となる可能性があります。
● 代償措置の有無
競業避止義務が課されると、従業員の職業選択の自由の権利が侵害される訳ですから、会社側は代償措置(特に金銭の支払い)を講じなければならないとされています。退職金等で十分な代償が支払われていなければその競業避止義務は無効と判断されることもあります。
2、実際に競業避止義務違反で裁判になったケース
次に、実際の裁判で競業避止義務がどのように判断されているかを確認しておきましょう。
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(1)競業避止義務が有効と判断された事例(東京地判平成19年4月24日)
退職をした家電量販店従業員に対して、量販店側が退職後1年の競業避止義務を課して争いとなった事案では、従業員が退職後すぐに競業他社に就職をすれば、家電量販店側が不利益を受けるため競業避止義務は妥当であると判断されています。その期間が1年と不相当に長いものではないことから、有効と判断されました。
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(2)競業避止義務は無効と判断された事例(東京地判平成24年1月13日)
● 保険業の競業避止義務期間について
保険業に従事していた従業員が退職した際に、転職禁止期間を2年間としてその有効性が争われた裁判では、保険業においては2年も経過すると経験の価値が陳腐化することから期間の長さが不相当であり、また就労禁止地域も無制限であることから、無効と判断されました。
● 執行役員の競業避止義務について
この事例で労働者は、従業員数6000人の企業において執行役員の職に就いていました。しかし執行役員であっても、保険商品の営業事業はそもそも透明性が高く秘密性に乏しいことや、当該労働者が企業側の経営上に影響がでる重要事項に触れられる立場になかったとして、競業避止義務を課すべきではないと判断されました。
上記のような裁判例からすれば、競業避止義務の有効性は、従業員の地位、競業避止義務が課される期間、就労禁止地域などの事情を総合的に考慮して判断されていることがわかります。
3、競業行為の注意点
では、実際に競業行為を行う場合、どのようなことに注意すればよいのでしょうか。
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(1)在職中の競業行為
在職中の競業行為は、雇用契約や就業規則の内容にかかわらず、会社に無断で行われ、かつ会社に損害を与えるものであれば、違法であると判断されることが多く、懲戒事由や損害賠償の原因となるおそれがあります。
競業行為について会社の許可を得ていたとしても、会社に予期せぬレベルの損害を与えた場合や、当該競業行為についての認識に労働者と使用者との間で少しでも齟齬があった場合には、懲戒事由や損害賠償請求の対象となり得ます。
在職中の競業行為については、手を出さない方が賢明でしょう。 -
(2)退職時・退職後の競業行為
退職時に従業員を大量に引き抜く行為についても、競業避止義務違反となる可能性があります。元従業員による顧客の引き抜きについて、400万円の損害賠償請求を認めた最高裁判例があります(日本コンベンションサービス事件:最判平成12年6月16日)。
退職後の競業行為について、同業他社を営むことはもちろん、前の会社の顧客名簿を利用して集客することも競業避止義務違反となり得ます。裁判例では、前の会社の顧客名簿を利用した元従業員に120万円の損害賠償請求を認めた裁判例があります(ダイオーズサービシーズ事件:東京地裁平成14年8月30日)。
また、進学塾の元講師が、前の会社の生徒に、自己の営む新しい塾へ勧誘した行為について、約376万円の損害賠償義務を認めた事例もあります(東京学習協力会事件:東京地裁 平成2年4月17日) -
(3)退職金との関係
従業員が競業避止義務に反した場合、退職金の減額が認められることがあります。最高裁判例には、退職後に同業他社に転職した場合は、退職金を半額とする旨の退職金規程を有効とする判断をしたものがあります(三晃社事件:最高裁昭和52年8月9日)。
勤め先の競業避止義務を確認する際には、雇用契約書や就業規則(競業禁止条項や懲戒事由)のほか、退職金規程についてもしっかりと確認しましょう。 -
(4)裁判例の傾向
裁判例の傾向としては、労働者の権利保護に厚く、競業避止義務を無効と判断するもの、あるいは競業避止義務自体は有効であるとしても違反行為はないと判断したものが多くみられます。
しかし、労働者の行為が悪質であったり、零細企業に大きな経済的損失を与えたような場合は、競業避止義務違反を理由に、会社の損害賠償請求を肯定する裁判例もみられます。特に、裁判例は、顧客情報の持ち出しについては厳しく判断する傾向にあるので注意しましょう。
4、まとめ
会社が提示した競業避止義務の条件に納得ができない場合、会社から競業避止義務違反を理由に懲戒あるいは会社から損害賠償請求をされてしまった場合は弁護士にご相談ください。競業避止義務の有効性については、個別の裁判によってその有効性が判断されている状態ですので、慎重に確認を進める必要があります。
弁護士は、競業避止義務の有効性の判断や対価の請求についての交渉を行うことができますので、ひとりで悩まずにまずは相談をしてみましょう。ベリーベスト法律事務所 立川オフィスへお気軽にお問い合わせください。
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