年俸制で残業代が支払われないのは違法? 残業代請求可能なケースとは
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東京商工リサーチの調査によると、平成30年3月決算企業の中だけで、年俸1億円以上の会社役員が500人を超えたという結果が出ています。サラリーマンでも年俸1億円を超えられる可能性があることは非常に夢があるといえるでしょう。
しかし、それほど高額な報酬を支払ってもらっていない年俸制サラリーマンにとって、残業代の未払は由々しき問題です。そこで、今回は年俸制と残業代の関係や年俸制でも残業代が支払われるケースについて、ベリーベスト法律事務所 立川オフィスの弁護士が解説します。
1、年俸制でも残業代が支払われるケースとは
年俸制だからという理由で残業代を支払わないことは労働基準法違反です。そもそも年俸制は、給与を1年単位で決めているというだけであり、月給制と大きな違いはないためです。
根拠となる労働基準法の条文を確認してみましょう。
労働基準法第37条
使用者が、第33条又は前条第1項の規定により労働時間を延長し、又は休日に労働させた場合においては、その時間又はその日の労働については、通常の労働時間又は労働日の賃金の計算額の2割5分以上5割以下の範囲内でそれぞれ政令で定める率以上の率で計算した割増賃金を支払わなければならない。ただし、当該延長して労働させた時間が1ヶ月について60時間を超えた場合においては、その超えた時間の労働については、通常の労働時間の賃金の計算額の5割以上の率で計算した割増賃金を支払わなければならない。
つまり、法律上では「従業員に残業させた場合や休日出勤させた場合、雇用者は通常の2割5分増しの割増賃金を支払いなさい」と規定しているのです。残業代の規定を適用しない場合を定めている労働基準法第41条においても、「年俸制」は記載されていません。つまり、労働基準法を根拠に「年俸制だから残業代を支払わなくてよい」と主張することは誤りであると言えます。
ただし、事項で紹介するケースでは年俸制でも残業代が支払われません。ご注意ください。
2、年俸制で残業代が支払われないケース
年俸制で、残業代が支払われないケースは以下の2つです。
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(1)管理監督者
管理監督者は、労働基準法第41条によって残業代を支払わなくてもよいと規定されているので、残業代は支払われません。
年俸制は、管理職に多く採用されている給与形態でもあります。そのため、年俸制=残業代が支払われないと勘違いしがちですが、「年俸制だから残業代が発生しない」のではなく、管理監督者だからそもそも残業代が支払われる対象にならないのです。
ただし、注意が必要な点として、労働基準法が定める「管理監督者」と、一般社会で通称される「管理職」とは大きく異なることが挙げられます。労働基準法で規定されている「管理監督者」とは、出社時間退社時間にある程度自由があり、経営者側の立場で働いていて、給与が一般社員よりも優遇されていることなど条件を満たしている方のみを指します。つまり、「係長」「課長」クラスでは管理職とは言えないでしょう。企業によっては「部長」という呼び名であっても管理監督者の条件に合致しないこともしばしばあります。
会社によっては、法律上の管理監督者に該当しないにもかかわらず、残業代を支給していないケースが多いので注意が必要です。「名ばかり管理職」という言葉が一時期流行りましたが、正にこの点に関わる問題です。
もしあなたが、「管理監督者」であれば、残業代を受け取る権利はありません。他方、労働基準法で定められている「管理監督者」に該当しないのであれば、たとえ年俸制であっても残業代を受け取る権利があります。 「管理監督者」に該当するかどうかは、非常に難しい問題ですので、弁護士の判断を仰ぐべきです。 -
(2)みなし残業代規定がある
年俸制にみなし残業代が付加されているみなし残業制度で働いている場合は、もともと年俸に残業代が含まれているため、一定までの残業代は支払われません。就業規則や雇用契約に記載してある残業時間数の残業代は年俸の中に含まれることになります。
ただし、みなし残業制度が有効であったとしても、みなし残業時間を超えた分については残業代を請求することができることを知っておきましょう。また、そもそも、就業規則等にみなし残業時間数が記載されていない場合は、みなし残業代制自体が有効なものとして扱われる可能性が低くなります。このようなケースでは、実際に残業していた時間分すべての残業代を請求することができますから、残業代は非常に多額になりがちです。
3、年俸制の残業代計算方法
年俸制の残業代の計算方法を解説します。年俸制の残業代を計算するためには以下の情報を知っておく必要があるので、就業規則などで確認しておいてください。
- 年棒の金額
- 1日あたりの所定労働時間
- 年間休日日数
これらの情報を元に計算した「基礎時給」に割増率と残業時間をかけたものが年俸制の残業代となります。
基礎時給×割増率(1.25)×残業時間=残業代
では詳しく年俸制の残業代の計算方法を確認していきましょう。
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(1)1月平均所定労働時間を計算する
1月平均所定労働時間を知るためには、1日の所定労働時間と会社の年間休日数が必要になります。
1月平均所定労働時間の計算式は以下の通りです。
(365日-1年間の合計休日日数)×1日の所定労働時間÷12ヶ月
1年間の休日が120日、1日の所定労働時間が8時間の場合は(365-120)×8÷12=約164時間となります。 -
(2)基礎時給を計算する
次は残業代を計算するための「基礎時給」を計算します。基礎時給とはあなたが所定労働時間内で働いているときの1時間の時給です。
年俸÷12ヶ月÷1月平均所定労働時間=基礎時給
年俸700万円、1月平均所定労働時間は170時間で計算してみましょう。
700万÷12÷170=約3431円
これが、所定労働時間内の時給です。 -
(3)残業代を計算する
残業の場合は労働基準法によって25%割増の賃金を支払うように定められていますので、基礎時給に1.25をかけます。
基礎時給×割増率×残業時間=残業代
実際に残業したときが通常営業日であれば、割増率は25%、休日出勤の場合は35%、深夜の残業は50%、休日出勤で深夜労働した場合は60%の割増となります。
請求できる未払残業代の概算を手軽に知りたい場合は、残業代チェッカーをご利用してみてはいかがでしょうか。
残業代チェッカー
4、年俸制で残業代を請求するために必要な書類とは
年俸制で残業代を請求するためには、残業をしていた事実と、所定労働時間が分かる証拠がなければ、残業代の請求は困難となってしまいます。そこで、可能なかぎり、証拠を集めることが重要です。
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(1)残業時間を証明するもの
何より重要になるのが、あなたが残業していた時間を証明する書類です。代表的な残業代の証拠はこちらです。
- タイムカードや勤務時間表のコピー
- 交通系ICカード型定期の通過履歴
- 営業日報や勤務日誌
- 家族に送信した帰宅予告メール
- テナントビルの入館・退館記録
これらはあくまでも証拠の一部です。上記のものがなくても諦める必要はありませんので、弁護士に相談してください。
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(2)残業代の計算をするために必要なもの
残業代を計算するためには、年俸額や所定労働時間を知る必要があります。雇用契約書や雇用条件通知書、就業規則等を用意しましょう。
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(3)給与明細・源泉徴収票
会社があなたに残業代を支払っていなかったことを証明するためには、労働時間が記載された給与明細や源泉徴収票が必要です。
本項で紹介した書類を用意して、残業代を計算した上で、会社に残業代を請求しましょう。
5、未払いの残業代請求を行う手順
残業代を計算したら、会社と残業代支払いについての話し合いをスタートします。
会社の労務管理体制が劣っている場合には、残業代を支払う必要があることを知らなかったという場合もあるため、残業代の請求意思を伝えるだけですんなりと支払ってくれるケースもないではありません。
ただし、労働者の権利を無視するような企業の場合は、個人が交渉するだけでは支払ってくれない可能性も大いにあります。その場合は、まずは弁護士に相談した上で内容証明郵便を送付して、残業代を請求する意思をしっかり示しましょう。内容証明を送付するだけで直ちに残業代を支払う会社は多くはありませんが、確固たる意思表示をすることと、過去の残業代の請求時効が完成するのを阻止する役割があります。どのように請求するかを考えている間にも時効によって、権利が消滅していってしまいますから、残業代請求を決断したらすぐに動くべきです。
交渉が決裂したときは、労働審判、訴訟という法的手続に移行することになります。会社側は弁護士に対応を依頼するケースがほとんどです。あなたも会社より先に弁護士に交渉を一任しておくことをおすすめします。たとえ労働者個人の請求を無視し続けていた会社であっても、弁護士による請求が来た時点で、話し合いのテーブルに着くケースは少なくありません。
残業代の証拠探しが難しい場合、証拠に自信がない場合、みなし残業制だけど就業規則などにみなし残業時間が記載されていない場合などは少なくないでしょう。これらの場合は、法的な争点が複雑になってしまうため、特に専門家の介入する必要が高く、弁護士と打ち合わせをした上で交渉をスタートすることをおすすめします。
6、まとめ
年俸制は必ずしも残業代を支払わなくてもよい制度ではありません。みなし残業代制度が有効に導入されているとしても労働時間が長ければ当然、残業代の支払対象となりますし、労働基準法が定める「管理監督者」に該当しなければ残業代を請求することができます。
残業代は、残業時間を証明する証拠があれば有利に進めることができますので、まずは証拠を確保してください。その上で、交渉に臨みますが、会社が明らかにブラック企業の場合や、残業代を請求したい旨を伝えても支払う余地がなさそうな場合は、早めに弁護士に相談することをおすすめします。
また、そもそも残業時間を証明する証拠が確保できない場合であっても、弁護士の対応によっては、十分な残業代を請求できる余地もあります。
ベリーベスト法律事務所 立川オフィスでは、残業代請求に対応した実績が豊富な弁護士が、親身になってあなたの状況に最適なアドバイスを行います。
- この記事は公開日時点の法律をもとに執筆しています